Shelby Cobra 427 S / Cが特に注目を浴びていますが、本物 ..
(1-4)<フォード版 ムスタングGT・シェルビー・コブラ>(1966-70)フォードからエンジンの提供を受けているシェルビーは1965年から「フォ-ド・ムスタング」のハイパフォーマンス版の開発を委託され1966 年「GT350」シリーズを完成させ、67年から「GT500」が加わった。当初は「289」キュービック・インチだったエンジンは67年「390」、68年には「428」が登場した。これらの一連のムスタング・シリーズは「シェルビー」の名は付いているが製造も販売もフォードが行っており、ムスタングに箔をつけるため「コブラ」の名前を利用したとも考えられ、スポーツマインドを持った「シェルビー・コブラ427」とは全く別のコンセプトの車だ。
ACコブラ289のシャシーにピーター・ブロックがデザインした軽量ボディを載せたこの車は、1964年2月「デイトナ2000km」でデビューし大成功したので、以後「デイトナ・コブラ」と呼ばれる。1965年には「フェラーリGTO」を抑え、GTⅢ部門で「ワールド・マニュファクチャラース・チャンピオン」となっている実力の持ち主である。「デイトナ・コブラ」のエンジンにはフォードV8 289キュービック・インチ(4727cc)が使用されている。ピート・ブロックはキャロル・シェルビーがドライバーをやめて、次のビジネスに取り組んだ時からの強力なパートナーだが、僕個人にとってこの名前は1967年日本GPにエントリーしただけでレースを走らなかった幻の車「HINO SAMURAI」という日野コンテッサをベースにした物凄く格好良かったスポーツカーのデザイナーとしての印象が強く残っている。
ノーマルのムスタングは200hp/4400rpmだが、シェルビー・マスタングは同じ排気量から306hp/6000rpmを絞り出している。写真の車の外見は殆どノーマルと同じように見えるがボンネットサイドに「GT350」と入っており、中身は凄いことを割と控えめに主張しているが、この年はどこにも「コブラ」のネームは入っていない。
世界一オリジナル性の高い「シェルビー・コブラ427S/C」が、アリゾナ・オークションに登場。3億超えという過去最高の落札額を記録しました。
ここまで来ると「AC」と「コブラ」の区分けがこんがらかってしまうが、「コブラ427」の発展型「AC428」も、ついでに紹介しておこう。1965年誕生したこの車はシェルビー・コブラと違って英国で生産される。中身は7リッターのコブラをベースにしたものだが、エンジン製造元のアメリカでは「コブラ427」の排気量が1966年から「428キュービックインチ」に変わっているのでそれが使われている。イタリアの「フルア」のデザインで、直線を生かしたすっきりしたボディには、荒々しさはなく上品で街中でも周辺りに気兼ねなく乗れそうだが、性能は「コブラ」と変わらず400馬力のエンジンは最高時速240キロ、SS1/4マイルを14秒で走りきるスーパーカーである。
この車のプロトタイプは1953年のミッレミリアに登場した「アルファロメオ・アバルト-コンレロ2000」で、翌年フィアットV8」のシャシーの載せて「スーパーソニック」として市販された。デザインはサヴォヌッティで「カロセリア・ギア」が作った。写真の車は、このボディをもとに作られ勿論中身は427コブラのスペシャル・チューニングエンジンが載っており、当時「J.Wオートモティーブ・チーム」の花形ドライバー-「ウイルメント」のために造られたワンオフの車だ。
(写真06-1ab)1954 Colombo-Mariani 1100 (2000-05/ミッレミリア)
2000年のミッレミリアで撮影した「コロンボ」という車だが、残念ながら素性が全く判らない。1940年代フェラーリで後年「コロンボ・エンジン」と呼ばれる傑作を残した設計者「ジョアッキーノ・コロンボ」は、1953年にはマセラティで250Fのエンジンを製作中であり、1955年にはブガッティに移りT251を造っているので、こんな車を作っている暇は無さそうだ。ミッレミリアでは見たことも聞いたこともない謎の車によく出逢うが、中には器用な人が趣味で造ってしまった一品ものまであるから厄介だ。「1100」とあるのでご多分に漏れずベースは「フィアット1100」だろう。念のため1954年と1955年のミッレミリア出走リストで調べたが該当する車名は見当たらなかった。もしかしたら「フィアット1100改」で出ていたかも知れないが・・。
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イタリア車中心のこのイベントに、「コブラ」が参加している。しかしこの場合はそれなりの理由がある。ボンネットを開けると、そこには「フォードV8」ならぬ「赤いヘッドのフェラーリV12」が詰め込まれているのだ。
ACコブラとシェルビーコブラの違いとは? 伝説のスポーツカーの歴史
(写真02-8a) 1965 AC Cobra 427 (1968-03 東京レーシングカー・ショー/晴海)
1968年には早くも日本で「コブラ」を見ることができた。東京レーシングカー・ショーで「レーシング・メイト」のコーナーに展示されたのが、多分我が国では最初に一般公開されたものだろう。レーシング・メイトは自動車のチューニングやそれらのパーツを販売するショップとしてはパイオニア的な存在で、「Van ジャケット」と姉妹関係にあり、レース活動は式場壮吉氏に代表される。
Shelby Cobra コイル状スネークロゴキーチェーン | 本物のカーボンファイバー構造 | 軽量,.
この車は僕の撮った「コブラ」の中で最大のフェンダーを持った究極の1台だ。イギリスのイベントに登場したこの車は、右ハンドルの英国仕様で、案内プレートには「AC Cobra MarkⅢ7-Litre」とあり、「Shelby」も「427」も出てこないのはイギリス人のこだわりか。
シェルビーコブラ購入の基礎知識|本物と呼ばれるCSXシリーズとリプロダクションカーの違いは? ..
ロールバーを装備し、オイルクーラーが見える、かなりやる気のこの車は、右ハンドルなのでイギリス国内向けのようだ。後ろにずらりと立てかけてあるボディは、木型から叩き出した完成品。
7000cc、550馬力、新車!?日本で初めてコブラ427の ..
1960年誕生したてのマーキュリー版コンパクトカー「コメット」で、エンジンの6気筒 2364cc は、フルサイズのマーキュリー・モンテレー5110cc、モントクレア7043ccに較べれば、半分以下、1/3以下なのでアメリカとしてはずいぶん小さいと感じる排気量だ。ホイールベースの114インチは約3010ミリで、初代トヨペットクラウンの2530ミリに較べればかなり大きい。生まれたての「コメット」のグリルはフルサイズの凹型曲面モチーフから転用したものだ。場所は虎の門病院の前で、隣がアメリカ大使館なので最新のアメリカ車を見つけるには絶好の場所だった。
【本物レース車両】 シェルビー コブラ 560PS エンジン始動 ※2回目爆音注意 ..
(写真02-7) AC コブラの木型 (2010-06 フェスティバル・オブ・スピード/イギリス)
イギリスのイベントでACのテントの前にあった木型で、これを型に手たたきでボディを造ったのだろう。
まずはコブラ。レプリカ車のキットメーカーとしてその名も高い英AKスポーツカーズ社が自ら組んだ貴重な貴重な1台です。
ダッシュボードにコブラの生みの親「Carroll Shelby」のサインが入っている所にご注目を。この車はテンガロンハットをかぶった似顔絵が入ったトレーラーの近くに止まっていたので、サインは間違えなく本物だ。ナンバープレートは「7リッターのスネーク」だって(笑)。
ACコブラに関する写真や動画を表示しています。愛車のカスタム・ドレスアップの参考にしよう!
アメリカ車の通例として毎年モデルチェンジが行われ、この年からフルサイズ・モデルとは全く関係ない独自のグリル・デザインが与えられた。場所は虎の門の交差点近くにあったフォード系ディーラー「ニューエンパイア・モータース」の前で、リンカーン、マーキュリー、フォードの看板が見えるが、ここでは最新モデルが見られるので土曜日の午後仕事が終わってからよく足を運んだ場所だ。(僕が現役だったころは週休2日制になる前で、土曜日は半日仕事をしていた。)
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ACコブラに関するブログ新着記事です。|☆新入庫☆ コブラ!!|2024新ACコブラGTクーペ登場|北Q2日目②|AC・コブラ ..
「コブラ」はアメリカに沢山棲息しており、特にカリフォルニアのイベントでは必ず顔を出す。毎年8月開催されていた「コンコルソ・イタリアーノ」は名前の通りイタリア車が中心のイベントで、会場のステージではカンツォーネが唄われ、場内アナウンスがイタリア語で行われたりして、イタリア色一杯なのに、ここにも「コブラ」が見つかった。
いわば 現在現実的に購入可能な本物のコブラ言えるでしょう。 4
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「コンノート」という名前は日本では殆ど知る人がない。もし知っているとすれば1950年代の「F1」に興味のある人か、ミニチュアカーのコレクターくらいだろう。第2次大戦後1940年代の英国は緊縮財政を敷いていたから物資が欠乏し、車を売りたくても売る車がないような状態だった。コンノートはF1活動を始める前の1948年、「リー・フランシス」をベースにしたスポーツカー「L2」を6台作っている。F1(F2)には1952年から59年まで活動し最高位は1956年イタリアGPの3位止まりだが、小規模コンストラクターとしてマセラティーなどの大メーカーと互角?に戦ったから、イギリスでは人気が高かった。(ノンタイトルではGPで1度だけ優勝している)
1 つ目は、コブラ ファンが愛する生のパワーと本物の体験を提供する伝統的な高性能内燃エンジンです。
キャロル・シェルビーがコブラを造ろうと考えたときに、その舞台は陽光の降り注ぐカリフォルニアだった。だから毎年8月カリフォルニアのラグナ・セカ・レースウエイで開催される「モンタレー・ヒストリック・オートモービル・レース」では、この「コブラ」の一族が嫌というほど集まってくる。あまり多くて全部は紹介しきれないがその一部を1枚ずつ紹介する。
Superformance MKⅢ-R ACコブラレプリカの完成度は本物以上!?
(写真01-4) 1962-68 AC Cobra 289 (2001-05 モンザ・サーキット)
「コブラ」は世界中に生息しており、イタリアでも発見した。こちらは完全なレース仕様で、たぶん後ろのトラックに書かれたレーシング・チームの車だろう。フェンダーの張出はマックスだ。
2代目登場 ダイハツミゼットⅡ カーゴ コラムAT AC付 2人乗り ☆嫁いで行き ..
BタイプのF1バージョンが「4シリーズ」で、この車がイギリスで注目されるのは
トニー・ブルックスという歯科医を目指す若い新人ドライバーがマセラティを抑えて堂々優勝してしまったからだ。この年のグランプリ・タイトル戦に「コンノート」は第6戦「イギリスGP」に2台出走したが完走できなかった。最終第7戦が9月11日で終わり、そのあと10月23日シチリア島で開かれた「シラクーザGP」はノンタイトルではあったが、突然優勝が転がり込み、ここ数年啼かず飛ばずのイギリス・レーシング界にとっては、大相撲で日本人が優勝したような久々の大快挙だったに違いない。それを記念してこの車は「ザ・シラクーザ」と呼ばれる。